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実績ゼロの若い代表が、信用をつくるために始めたこと 先代から引き継いだお客様とのつながりは、私にとって大きな財産でした。とはいえ、当時の私は勉強が得意だったわけでもない高卒の26歳。実績も実力も十分ではなく、周囲からすぐに信用してもらえるほど甘いものではありませんでした。 偉大だった父に、少しでも近づくにはどうすればよいのか。必死に考えた末に思いついたのが、父と同じ早朝3時起きを続けることでした。当時の私にできる、数少ない覚悟の示し方だったのかもしれません。 最初は目覚まし時計を5個セットして、ようやく起きる日々でした。しかし慣れとは不思議なもので、24年経った今では、時計が鳴る前に自然と目が覚めるようになりました。 実績のない若い代表者にとって、信用を得ることは簡単ではありません。特に大手ゼネコンの現場では、経験だけでなく、資格や知識も必要です。私は誰にも邪魔されない早朝の時間を使い、資格取得の勉強にも取り組みました。 とはいえ、仕事をしながらの勉強は決して楽なものではありませんでした。ただ「絶対に合格するんだ!」という強い意志をもって毎回試験に臨んでいたことを今では懐かしく思います。ちなみに数ある資格の中で、今一番役に立っているのは普通自動車第一種免許かもしれませんが……。 当時の社名はクリエイトツルモト。主力商品は、先代が考案し名付けた現場用の男性用小便器「スカイトイレ」でした。この商品があったからこそ、建設現場で会社の名前を知っていただくことができました。今のケイトップにつながる、大切な原点です。 大きな会社のように、人や設備が潤沢にあるわけではありません。代表である自分自身が現場に出て、自分の目で見て、考えて、判断するしかありませんでした。 そんな中、東京の現場を見る機会があり、私は強い衝撃を受けました。関東ではすでに、超高層ビルが次々と建っていたのです。 「いずれ関西にも、この波が来る」 そう直感しました。超高層現場になれば、上階まで水を押し上げるポンプや、給水・排水を理解した施工技術が必ず必要になる。その時に備えるには、まず自分自身が学ばなければならないと考えました。 そして30歳の時、働きながら配管を学べる学校の存在を知り、入学を決めました。生徒の多くは水道事業者の二代目や設備業者の社員たち。4月から翌年3月まで、仕事をしながら週に数回通う日々が始まりました。 朝3時に起き、仕事の段取りをし、現場をこなし、勉強して学校へ行く。体力的には厳しい一年でしたが、あの時に学んだことは、後の仮設給排水工事や職業訓練指導員の資格取得にもつながりました。 今振り返っても、あの一年は私にとって大きな財産です。そしてこの学びが、ケイトップを次の段階へ進める第二創業の土台になっていきました。
今年、私は50歳という節目を迎えます。 24年間、会社経営に向き合ってきた中で、楽しいことばかりではなく、苦しい決断や大きな転機も数多くありました。 その経験をただ自分の中に置いておくのではなく、これからの世代や、同じように挑戦する方へ少しでも残していきたい。 そんな思いから、私の経営人生を大きく変えた「3つの創業」の物語を、全10話で綴っていくことにしました。 小さな会社が、時代の変化の中でどう生き残り、どう挑戦してきたのか。 その歩みを、少しずつお伝えしていきます。 第1話 26歳で代表者になる 引き継ぎのない事業承継から始まった私の経営人生 私が会社を継ぐことを現実として意識したのは、24歳の頃でした。 家族全員が病院に集められ、父の余命を告げられました。長くて半年。頭の中が真っ白になる一方で、「会社はどうなるのか」という思いが脳裏をよぎったことを、今でも覚えています。 当時の私は、精神的に決して強い人間ではありませんでした。このままではいけない。自分を律し、心身を鍛えなければならない。そう思い、24歳から父が他界するまでの約2年間、空手道場に通いました。 とても厳しい稽古でしたが、あの時期に心身を鍛えた経験が、その後の経営人生を支える土台になったと思っています。 父は昭和8年、鹿児島県出身。曲がったことが大嫌いで、とにかく厳格な人でした。自衛隊を経て大阪へ出て、何度か事業に挑戦したのち、現在の仕事にたどり着いた人です。 仕事には鬼のように打ち込み、早朝3時に起き、休みは元日だけ。私はそんな父の背中を見て育ちました。 父は余命宣告から約2年後、朝5時過ぎに病院で息を引き取りました。 最後の瞬間を見届けたその日も、現場の仕事は入っていました。普通であれば、親が亡くなった日に仕事へ行くことなど考えられません。 しかし、葬儀の手配をしてくれる母から、こう言われました。 「普通なら、親が死んだ日に仕事なんてしない。でも、仕事をすることが、お父さんにとっての供養になる。お父さんもきっと喜ぶから、辛いけど仕事へ行きなさい」 その言葉を受けて、私は悲しみを押し殺し、会社へ向かいました。 今でも、その日のことは鮮明に覚えています。父を亡くした悲しみと、会社を止めるわけにはいかないという責任感。その両方を抱えながら、ただ目の前の仕事をこなすしかありませんでした。 その日から、私の立場は実質的に社長となりました。 しかし、職人気質の父は「見て覚えろ」という人でしたので、十分な引き継ぎはほとんどありません。 代表取締役となってからは、とにかく必死でした。朝6時から自ら現場へ出向き、夕方からは請求書や伝票処理などの事務作業。年末の繁忙期には夜22時まで仕事をし、翌朝また6時から現場へ出る日々でした。 古株社員との軋轢(あつれき)もありました。銀行から連帯保証人の書類を求められた時、その重要性すら十分に分からないほど、目の前の仕事に追われていました。 現場で代表が変わったことを伝えると、「先代には世話になったから、安くしてな」と言われることが多々ありました。二代目としての厳しさを、若くして痛感しました。 一方で、「先代と同じように、これからも付き合うよ」と言ってくださる方もいました。その言葉には、本当に救われました。 この経験から、私が強く思っていることがあります。 事業承継は、元気なうちに、包み隠さず、できる限り伝えておくべきだということです。 私は、引き継ぎのない承継の厳しさを身をもって経験しました。だからこそ、次の世代には同じ思いをさせたくない。 父の死、母の言葉、そして悲しみを押し殺して現場へ向かったあの日の経験は、私の血となり肉となりました。 今振り返ると、あの日が、私の中に経営の魂が宿った原点だったのだと思います。 これが、私の経営人生の始まりでした。 次回予告 次回は、実績も信用も足りなかった私が、父に少しでも近づこうと始めた「早朝3時起き」と、配管学校への挑戦について書きたいと思います。
50歳を目前にして、ふと考えました。 「このままでいいのか」「一度、自分をリセットするタイミングではないか」 日々の仕事や生活の中で、知らず知らずのうちに力が入りすぎていた自分。そこで私は、人生を一度リセットする挑戦として、スカイダイビングとバンジージャンプを同じ日に体験することにしました。 本日は天候にも恵まれ絶好のジャンプ日和午前中はコウノトリ空港でスカイダイビング。受付と講習を終え、ツナギとハーネスを装着し、セスナ機へ乗り込みました。 セスナ機はかなり年季が入っていて、緊張感がさらに高まります。高度3,500mまで上がる時間は、とても長く感じました。恐怖と緊張感が高度が上昇するとともに増します。でもタンデムなので、身を任せる覚悟はできていました。 そして、いよいよジャンプ。 開口部に足を出し、一気に空へ飛び出した瞬間、今まで経験したことのないスリルとスピード感。時速200kmとも言われる風を全身で受けながら、一瞬だけ「このまま落ちたら死ぬんやな」と頭をよぎりました。 でも、それ以上に勝ったのは爽快感でした。 数秒後にはカメラマンに手を振る余裕も出て、空の中にいる自分を楽しんでいました。パラシュートが開いてからは、景色を見ながらゆっくり地上へ。無事に舞い降りた瞬間、心から思いました。 緊張感からの爽快感。飛んでよかった。 その後、150kmの移動を経てそのまま茨木市のバンジージャンプへ。 スカイダイビングで3,500mを飛んだ後なので、正直、高さ50mのバンジーは大したことないと思っていました。ところが、ジャンプ台に立って下を見た瞬間、足がすくみました。 スカイダイビングとは違い、バンジーは水面との距離がリアルに見えます。その近さが、逆に怖い。 スタッフの合図で背中を押された瞬間、体は一気に下へ。遊園地のフリーフォールのような、内臓が浮く感覚。飛んでいる間は爽快感よりも恐怖が勝っていました。 そしてロープが効いた瞬間、強烈な負荷がかかって終了。本当に一瞬でした 恐怖からの終わった後の安堵感はありました。 同じ「飛ぶ」でも、スカイダイビングとバンジーはまったく違います。スカイダイビングは、緊張を超えた先に爽快感がある。バンジーは、恐怖を真正面から受け止める体験でした。 今回の挑戦で感じたのは、挑戦とは人に見せるためではなく、自分の覚悟を確認するためのものだということです。 怖いと分かっていても、一歩踏み出す。 不安を避けるのではなく、受け入れて乗り越える。そうすることで、少しだけ自分が軽くなる気がしました。 50歳はまだまだこれから。年齢を理由にせず、この「飛べる」という自信を糧に、これからの仕事や人生も力強く歩んでいこうと思います。ケイトップ 鶴元
新年度がスタートしました!桜の季節ということで、社内でバーベキューを行いました。 春の空気の中、社員みんなでワイワイとお肉を焼きながらおいしい時間を過ごしました。 そしてもうすぐ、若手社員が23歳の誕生日を迎えるため、誕生日会も同時に開催! サプライズも交えながら、和やかな雰囲気でお祝いしました。 若さあふれるパワーとともに、これからのさらなる成長と活躍がますます楽しみです。 今後もチーム一丸となって、より一層取り組んでまいります。
誠に勝手ながら、弊社では下記の期間をゴールデンウィーク休業とさせていただきます。 【休業期間】2026年4月29日(水)~2026年5月6日(水) 休業期間中にいただいたお問い合わせにつきましては、5月7日(木)より順次対応いたします。 皆様にはご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
新年の恒例行事として、今年も稲荷大社へお参拝に行きました。社員それぞれが一年の感謝と新たな目標を胸に手を合わせ、参拝後にはおみくじも引いてきました。 2年連続の【凶】だった社員も、「去年より運勢が良くなっている気がする」と、新年らしい前向きなスタートに。 何事も気持ちの持ち様だと、あらためて感じました。日々を大切に、粛々と過ごしていきたいと思います。 この良い流れを大切にしながら、今年も社員一同、一つひとつの業務に真摯に取り組んでまいります。
ケイトップでは、多様なバックグラウンドを持つスタッフが活躍しています。その中でもひときわ存在感を見せているのが、来日して8年目のベトナム人スタッフです。 彼は常に向上心を持ち、挑戦を恐れない姿勢が印象的です。その象徴ともいえるのが、昨年の「特定技能2号」試験合格。専門知識と経験が求められる難関試験を、仕事の合間を縫ってコツコツと勉強し、見事に突破しました。現場作業の理解度はもちろん、責任感や技術レベルは、会社としても太鼓判を押せるレベルに成長しています。 さらに年末年始を利用して、合宿に参加して運転免許も取得。「できる仕事の幅を広げたい」という強い思いでやり遂げました。そのモチベーションの高さには、私たちも思わず舌を巻いてしまいます。 入社当初は、日本語にも苦戦し、工具の名前すらわからない状態。でも、周りのアドバイスを素直に吸収し、失敗しても必ず改善策を考え、行動する姿勢を貫いてきました。今では現場での段取り、コミュニケーション、そして技術力のすべてが安定しており、後輩ベトナム人スタッフからの信頼も厚い存在です。 休日には仲間とご飯に行ったり、日本での生活も充実している様子。彼の成長ストーリーは、外国人スタッフだけでなく、日本人スタッフにも良い刺激となっています。 ケイトップはこれからも、国籍に関わらず“努力する人がきちんと成長できる会社”であり続けたいと思います。そして彼のような仲間と共に、安心・安全な現場サービスを提供してまいります。
2026年、午年を迎えました。 物事が勢いよく前に進む一年になると言われています。 前進と成長の年にふさわしく、これまで以上に挑戦を重ねていきたいと思います。皆さまと共に歩める一年になりますように。本年もよろしくお願いいたします。
誠に勝手ながら、下記の期間は年末年始休業とさせていただきます。【休業期間】2025年12月27日(土)~2026年1月4日(日)新年は1月5日(月)より通常営業いたします。休業期間中にいただいたお問い合わせにつきましては、営業再開後、順次対応いたします。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
寒い季節でも快適に作業ができる環境づくりのサポートに、給湯器はいかがでしょうか。冬になると、気温が下がるだけでなく体もこわばってしまい、集中力が落ちてしまうことがありますよね。そんな中、冷たい水で手を洗うのはつらい…作業の合間の手洗いや道具を洗う作業でも、冷水しか使えないと負担が大きくなってしまいます。そんなお悩みを解消してくれるのが、給湯器の導入 です。毎日の作業の質を保つためにも、給湯器は心強い存在です。今年の冬は給湯器を設置して、あたたかい環境で気持ちよく作業できる毎日を一緒につくりましょう!
先日、20代のスタッフ2名を引率して鹿児島県へ研修旅行に行ってきました。さんふらわぁフェリーでの船旅を含め、3泊4日の学びの旅です。 今回の目的は、「感謝の原点に立ち返ること」。私たちが当たり前のように送っている平和な日常は、決して“当たり前”ではなく、先人たちの尊い命の犠牲と努力の上に成り立っている―― その事実を肌で感じてもらうためでした。 初日は 知覧特攻平和会館 を訪問。若くして命を懸けた特攻隊員たちの遺書や写真を目の当たりにし、同行した二人も深く胸を打たれた様子でした。自分たちの仕事や人生の意味を、静かに見つめ直す時間になったと思います。 翌日は 仙巌園(磯庭園) を訪れ、薩摩藩が日本の近代化を支えた歴史を学びました。 その後、西郷隆盛が最後の5日間を過ごした城山の洞窟へ。西南戦争を通じて「信念を貫く生き様」を感じ、命を懸けて日本を導いた先人たちへの感謝が胸に込み上げました。 この旅を通じて改めて感じたのは、現場で働くことが「当たり前」ではないということです。私たちがこうして仕事をし、学び、笑い合えるのは、多くの犠牲と努力があったからこそ。だからこそ、現場で働く若者たちにも「感謝を忘れない心」を持ってほしいと願っています。 現場では、忙しさや慣れから感謝の言葉が少なくなりがちです。しかし、感謝のない現場には“人としての温かさ”が失われます。技術だけでなく、人としての根幹――道徳心と感謝の心を育むこと。それが今回の研修旅行で伝えたかった一番のメッセージです。 これからも、若い世代と共に「心と技」を磨き、感謝と誇りを持てる仕事を続けていきたいと思います。
超高層現場の仮設給排水工事はケイトップへお任せください 専門性と信頼性 超高層建築現場の仮設給排水工事は、本設とは異なる特殊な施工が求められます。 当社は2007年に水道局指定工事店として許認可を取得して以来、多くの高層現場で経験を積み、豊富なノウハウを蓄えてまいりました。 一貫対応の強み 現場ごとに必要な仮設トイレの数量や、上階までの揚水方式は異なります。弊社は 仮設トイレのレンタル・高揚程ポンプの手配・仮設給排水工事の施工を材工一式で対応できる、全国でも稀少な専門業者 です。 お客様からの信頼 「レンタルから施工、維持管理まで一貫して任せられるので大幅に手間が省ける」 - 元請け様からの評価 超高層建築現場における仮設衛生設備の計画でお困りの際は、ぜひケイトップへお声がけください。
会社紹介 - ケイトップ ケイトップ会社紹介 仮設トイレのレンタル・設置・給排水工事を中心に、建築現場やイベント会場など幅広い現場で安全・快適な環境を提供する会社です。 会社方針 当社では、現場での技術力だけでなく、社員一人ひとりの成長やチーム力を重視し、「学校のような会社」として社内教育にも力を入れています。 仮設トイレのレンタル・施工 高層ビル現場や大型工事、イベント会場に最適な仮設トイレを迅速に手配・施工。 給排水工事の専門技術 仮設水回り設備の設置やメンテナンスを一貫して対応。安全・安心な施工を徹底。 学校のような社内教育 経営者自らが職業訓練指導員として、数多くの資格を保持しているため、社員は必要資格の取得を安心して学べます。 社内教育制度では、資格取得援助や教育機関との連携体制も整備されており、若手社員も安心して技術習得に集中できます。 現場経験だけでなく、マナー・協調性・責任感など人間力も同時に育成します。 社員の成長を重視 技術力の向上だけでなく、道徳教育や協働作業、研修旅行、清掃活動などを通して、社員の人間力とチーム力を高めています。 技術力×人間力の両立 現場でのスキルだけでなく、人としての成長も重視。 安心・安全・快適な環境提供 お客様の現場に信頼されるサービスを提供することを第一に考えています。
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