2026.10.01

第5話 売上の大半を手放し、看板を下ろした日

ブログ 経営者ブログ

「クリエイトツルモト」から「ケイトップ」へ

リーマンショック後、会社の売上は大きく落ち込みました。
しかし、本当に苦しかったのは売上だけではありませんでした。私にとって大きな課題だったのは、これからの会社に何を残し、何を手放すのかを決めることでした。

創業以来、当社には長年続けてきた事業がありました。先代の時代から会社を支えてきた大切な仕事であり、当時の売上の大きな割合を占めていました。しかし、時代の流れ、制度面での変化、社会からの見られ方を考えた時、これからのケイトップの柱として同じ形で続けていくべきなのか、私は強く悩むようになりました。

売上が落ち込んでいる中で、さらに仕事を絞る。普通に考えれば、とても怖い判断です。
それでも、目先の売上を守るために過去にしがみつくことが、本当に会社を守ることなのか。これからは、会社として胸を張れる仕事、現場で本当に必要とされる仕事に集中すべきではないか。そう考えるようになりました。

当時の当社のイメージは、どうしても先代から続く仕事や、スカイトイレに関連する一部の業務と強く結びついていました。その印象を変えることは、想像以上に大変でした。長年染みついた会社の見られ方は、簡単には変わりません。

毎日が苦しく、先が見えない時期でした。飛び込み営業を続けても、すぐに結果が出るわけではありません。いっそのこと、すべてを投げ出したいと思ったこともあります。心に余裕がなくなり、家族にきつい言葉をぶつけてしまったこともありました。

それでも、立ち止まるわけにはいきませんでした。
このまま過去の延長線上で会社を続けるのではなく、仮設給排水工事や自社商品の開発など、これからの会社を支える仕事に力を入れていこうと決めました。

やめることは、逃げることではありません。
未来に進むために、あえて手放す決断も経営なのだと、この時期に身をもって学びました。

そして私は、会社の中身だけでなく、見られ方そのものを変える必要があると感じるようになりました。当時の社名は「クリエイトツルモト」。先代が築いた名前であり、スカイトイレの代名詞として建設現場では広く知られていました。その看板を下ろすことは、先代の歴史を否定するようにも感じ、強い迷いがありました。

私は、創業当初から父を支えてきた母に、思い切って自分の苦悩を打ち明けました。会社のイメージを変えたい。これからの時代に合わせて、新しい会社として進みたい。そう伝えました。

反対されると思っていました。ところが母は、私が言い出す前にこう言ってくれました。

「そんなにイメージを変えたいなら、社名を変えるのも一つの方法だと思う」母は静かにそう言ってくれました

その言葉に、私は大きく背中を押されました。

2013年、私は「クリエイトツルモト」の看板を下ろし、新たに「ケイトップ」という社名を掲げました。
「K」には、key point=重要な要という意味を込めました。現場やお客様にとって欠かせない、なくてはならない存在でありたい。
「TOP」には、常に上を目指し、挑戦し続けるという決意を込めました。

父が築いた土台、母の温かい承認、そして未来へ進む覚悟。
売上の大半を手放し、看板まで変えたこの決断が、今のケイトップにつながる大きな転換点になったと思います。
母は、社名をケイトップに変えた翌年、静かに息を引き取りました。
今振り返ると、あの時に背中を押してくれた母の言葉は、私にとって最後の大きな贈り物だったように感じています。